ありえない人の睡眠 vol.1 前編|限界すぎる長距離ウォーキングと崩壊する脳
ゲスト:今井守
超長距離ウォーカー。会社員。長距離ウォーキングイベントに精力的に参加。
(インタビューワー 大木都 睡眠養生編集長。寝具・睡眠環境アドバイザー資格保有。)
100キロを一晩で歩く。長野の山から新潟まで260キロを3日かけて歩く。
そして、糸魚川から富士山に登り、田子の浦に降りて、また戻ってくる、往復634キロを8日間で歩く。
途中のホテルに泊まっても構わないルールですが、今井さんはネットカフェの個室や、コンビニの駐車場の縁石に足を乗せながら仮眠を取り、歩き続けます。
「ちゃんとしたベッドで寝てしまうと、ぶつ切りになった感じがするので」と言いながら。
普通の会社員が、週明けには出社しながら、こういうことをしています。
今井守さんに、この「眠らずに長距離を歩く」世界の話を聞きました。
まともに眠らず歩き続ける競技とは、いったい何なのか

さとちゃん (大木都)今井さんのSNSを拝見すると、とても長い距離を歩く競技に出場されていて驚きます。改めて、どのような競技をされているのか教えていただけますか?



私は、100km以上歩くような長距離ウォーキングのイベントに参加しています。
いろいろありますよ。まず入りやすいのが100kmウォークで、これは今かなり人気が出てきていて。一晩かけて100kmを歩くイベントです。



一晩で100キロって。。。!



それが物足りなくなってくると、距離が延びていくんですよ(笑)
最近は、長野の佐久市辺りから新潟まで、260kmを3日から5日で歩くようなイベントにも参加しました。



今年のゴールデンウィークには、260km歩いて、その後すぐ群馬で100km歩いたと投稿されていましたよね!



そうです。でも一番ハードなのは、糸魚川から富士山を登って、田子の浦に降りて、また戻ってくる往復634kmを8日間でやるやつですね。



え、……8日間!?しかも、634kmて!
新幹線・飛行機で移動する距離ですけど?



私の記録は、8日と3時間17分でした。
このようなイベントには、チェックポイントが数十か所あり、専用アプリで自己申告しながら進んでいくそうです。安全管理はすべて自己責任・自己完結。
「何かあったら自分で対処してください」という前提で参加されているとのこと。それを聞くだけで、すでにかなりの驚きがあります。



今井さんはそもそも、最初から長距離歩くことや運動が得意だったのですか?



全然ないですよ。もともと体重が93kgあって、このままではまずいと思って歩き始めたのがきっかけです。
最初に100kmのイベントに出たときは22時間45分かかって、もうゾンビみたいな状態でした。



そうだったのですね!100kmでも大変ですよね。
それが今では、634kmも!



そうです。100kmウォークは、2回目に同じ距離を歩いたら16時間で歩けたんですよ。
同じ距離なのに6時間以上縮まって、何なんだろうと思って。練習したらもっとすごいことになるんじゃないかって、そこからどんどんハマっていった感じです。
距離が延びるほど、睡眠剥奪の世界も深くなっていきます。
徹夜は普通。二徹目から始まる「幻覚幻聴祭り」



長い距離を歩いているとき、やっぱり眠くなりますよね?



なりますよ。でも眠気って、じつは2種類あると思っていて。



2種類の眠気?



一つは疲労からくるやつで、フワーッと心地いい感じなんですよ。
頭がパニクる感じもなくて、10分くらい寝れば回復する。起きると体がパッと楽になった、っていう感覚がすぐ得られる。



もう一つは?



本当に睡眠が足りなくなってくると、頭がパニクってくるんです。
判断力が落ちて、感情もイライラしてくる。本当はすぐ寝ればいいんだけど、もうちょっと先に行ったらいいところがあるかなって思って、コンビニに入ってみたり。
わけのわからない徘徊みたいな状態になってくる。



それを過ぎると?



眠気のピークを越えると、不思議なことが起き始めるんですよ。
でもこれ、100キロではまだ出てこないんです。
一徹では出てこない。二徹目、250キロを超えてくるくらいから、不思議現象は始まってくる。
極限状態!一軒家の生け垣が、ご婦人の応援に見えてくる



幻覚が見えてくるんです。
田舎の道を歩いていると、家の前に生垣があるじゃないですか。あれが全部、その家のご婦人に見えてくるんですよ。
深夜なのに、みんな応援に立ってくれているように見える。



幻覚での沿道応援…………、ちょっと幸せですね。



これって幻覚だよな、って頭ではわかってはいるんです。
でも、なんとなくご婦人が応援してくれてるように見える。おかしいとわかっているのに、見えちゃってる。



それはひとりで歩いているときだけですか?



誰かと一緒に歩いていても見えるんですよ。一人のときだけじゃない。
隣の人に『ブラジル人のファミリーいるね』って言ったこともあって(笑)、もこもこした木みたいなものがいっぱいあって、それがファミリーに見えた。
言われた相手は、きっと怖かったと思いますけど(笑)。



声に出すんですか、見えちゃった幻覚を。



言っちゃいますよ。
あとは、絶叫もします。
夜中の道路で『ケツ痛ぇ!』とか(笑)
感情を吐き出すと眠気が少し飛ぶんですよ。あくびも豪快に、顎が外れそうなくらいやりながら歩いています。
眠らずに歩く時間が長くなるにつれて、人は幻覚を見るようになる可能性があるとされています。自分でおかしいとわかっている、でも見えている。
その状態が「二徹目以降からあたりまえになる」と今井さんは言います。



歩き始めて、どれくらいで幻聴幻覚祭りが始まるんですか?



それが、一徹では出てこないですね。
距離が延びていって、二徹目でようやく幻覚が出てくる感じです。
幻覚は、運動を始めた最初のころはなかったんですよ。ただ、ある時いきなり幻覚が見えるようになってからは、毎回二徹を迎えるころに幻聴幻覚祭りが始まります(笑)
さらなる極限状態で出現する、幽体離脱のような体験
さらに先の話があります。



幻聴幻覚祭りが見え始めてからも歩き続けると、次第に幽体離脱みたいな状態になるんですよ。
自分から離れて、上から自分を見ていて、指示してくれる感じ。
『いいよ、寝てて。俺が見ててあげるから。曲がるところ来たら教えてあげるから』みたいな。



上から観察してる感覚ですかね。
ちゃんと道を曲がれるんですか?



できてるんですよ。でも一回、道を間違えて、上から見ている自分に対して『こいつ道間違いやがった』ってイライラしたことがありました(笑)



自分の本体が、離脱した自分に怒っている(笑)



でも基本的には体は動いてくれていて、ちゃんと曲がれる。こんな幽体離脱状態が、二徹目の先に来るんですよね。
今井さんはこの体験を「不思議なこと」として話し、声のトーンは終始穏やか。
この状態が「限界」ではなく、長い距離を歩く中で「やってくるもの」として体に馴染んでいるのだということが、話しぶりからじわじわと伝わってきます。
目のピントが合わなくなり、歩道が怖くなる



ロングウォークの後半になってくると、目のピントも合わなくなるんですよ。カメラでいうピントが合わない状態。
道路の凹凸がわからなくなって、つまずいちゃう。



あ、危ないですね💦
そうなったら、どうするんですか?



片目ずつパチパチするんです。片目で見ると凹凸がよくわからないから、両目を交互にパチパチして立体をイメージしながら見る。これで少し凹凸がわかるようになる。



な、なるほど。……それ、ご自身で編み出した技ですか?



たぶんそうだと思うんですよ。よくわからないですけど(笑)
ピントが合わなくなると、歩道を歩くことも難しくなるようです。



こっちにガードレールがあって、こっちに縁石があって、歩道の狭い範囲をまっすぐ歩けなくなってくる。
すぐガードレールにぶつかったり縁石につまずいたりする。だから結構みんな車道を歩くようになってくる。



夜中とはいえ、車道って!
車は来ないんですか?



もちろん、安全を十分に配慮しています。車が来たら歩道に逃げて、また戻る感じです。
ただ転ばないことを意識していると、今度は中央分離帯に向かっていくんですよ。
どっちにもぶつからないようにと思うと、真ん中に寄っていく。後ろから見ると変な人ですよね(笑)



きっと後ろの方も、長距離を頑張っているお仲間ですよね?



よく見ると周りの参加者もみんなそうなってるんですよ。そういう時間帯になってくると。
100km以上のウォーキングの唯一の敵は「睡魔」





長距離ウォーキングのイベントに参加していて、歩き疲れて心が折れる瞬間というのは、ないのでしょうか?



心が折れる……あんまりないんですよね。リタイアしたくなる理由が、眠気だけなので。
痛いとか、つらいとかより、眠い、というのが一番の限界なんです。



痛みより眠気と!
痛くても歩ける、ということですか?



体が動けば歩けちゃうんですよ。
ピントが合わなくても、変なものが見えていても、足が出る限りは歩ける。
眠気だけが本当に敵です。
その眠気に対してどう向き合うか。コーヒーナップ、アルコールナップ、睡眠チート。今井さんが試してきたさまざまな方法については、後編でお届けします。
まとめ:何日も眠らず歩き続けると、脳は崩壊していく


今井さんが参加しているのは、100キロウォークから始まり、250キロ、634キロへと規模が広がる超長距離ウォーキングの世界です。
一晩中歩くことが前提で、二徹・三徹があたりまえになってくる環境の中で、人体には段階的な変化が起きてきます。
眠気には2種類あること。二徹目を超えると幻覚が始まること。体外離脱のような感覚が訪れること。ピントが合わなくなり、歩道が歩けなくなること。今井さんが話す内容は、すべて自分の体で確認してきたことです。
「限界を超えると何が起きるか」ということを、これほど具体的に語れる人はなかなかいないと思います。
後編では、その限界の中で今井さんがどう睡眠と向き合っているか、具体的な方法についてお届けします。


