月や火星に人が暮らす計画が進んでいます。その準備のなかで大きな課題として挙げられているのが、睡眠です。
厳しい訓練を積み、地上でも健康管理を徒底している宇宙飛行士は、宇宙で毎日きちんと眠れているのでしょうか。
実際に何時間くらい眠っているのか、眠れないときはどうしているのか。
そこで今回は、産業精神医学と宇宙医学を研究する筑波大学の笹原信一朗先生に、宇宙飛行士の睡眠時間と睡眠薬のデータを伺いました。
この記事でわかること
- 宇宙飛行士は実際にどのくらいの睡眠時間を確保しているのか
- 体内時計とずれた時間に寝ると、睡眠にどんな変化が起こるのか
- 宇宙飛行士はどのくらい睡眠薬を使い、その効果には限界があるのか
- 睡眠時間が削られてしまう、宇宙ならではの働き方とは
- 睡眠不足が宇宙飛行士の作業や健康にどんな影響を及ぼすのか
宇宙飛行士は睡眠不足になりやすい
笹原先生宇宙飛行士は、宇宙で睡眠不足になりやすい傾向があります。
宇宙開発の歴史を通じて、宇宙飛行士の睡眠不足は繰り返し報告されてきました。
それを裏づけるものとして、宇宙飛行士の睡眠を、飛行の前後も含めて腕時計型の装置で計測した研究があります。この研究では、2週間ほどの短期のスペースシャトルの飛行と、半年近い長期の国際宇宙ステーション滞在の両方を調べています。
飛行中に眠っていた時間は、スペースシャトルの宇宙飛行士64名で平均5.96時間、国際宇宙ステーションに滞在した21名で平均6.09時間でした。
この研究では、飛行中だけでなく、宇宙に行く前も計測しています。打ち上げの約3か月前の2週間と、打ち上げ直前の11日間です。帰還後の1週間も含めると、4つの時期が並びます。
| スペースシャトル(64名) | 国際宇宙ステーション(21名) | |
|---|---|---|
| 打ち上げ約3か月前 | 6.29時間 | 6.41時間 |
| 打ち上げ直前の11日間 | 6.04時間 | 5.86時間 |
| 飛行中 | 5.96時間 | 6.09時間 |
| 帰還後の1週間 | 6.74時間 | 6.95時間 |
笹原先生最も長く眠れていたのは、帰還後の1週間でした。
飛行中はそれより1時間近く短く、短期の飛行でも半年規模の滞在でも変わりません。
ただ、飛行直前の11日間でも、すでに6時間前後です。訓練や準備が続く時期から、睡眠時間は削られています。
つまり宇宙飛行士の睡眠不足は、宇宙にいる間だけの話ではないということです。
飛行中の睡眠不足については、時差ボケが原因なら、半年もいれば身体は慣れるはずです。それでも改善しないので、時差ボケだけでは説明がつかないといえます。

体内時計とずれた就寝は、睡眠時間がさらに短くなる
笹原先生同じ時期に国際宇宙ステーションに滞在した21名について、体内時計の観点から解析した研究があります。
1人あたり平均155日、全員分を合わせると3,248日分のデータです。
体内時計が示す「眠るのに適した時間帯」と、「実際に眠った時間帯」がずれていた日が、宇宙滞在中の19%ありました。
| 体内時計に合った日 | 体内時計とずれた日 | |
|---|---|---|
| 割合 | 81% | 19% |
| 睡眠時間 | 6.4時間 | 5.4時間 |
| 睡眠薬を使った割合 | 11% | 24% |
笹原先生体内時計と就寝時間がずれた日は、睡眠時間が1時間ほど短くなっていました。本人が感じる睡眠の質も下がり、睡眠薬を使う方が増える傾向がみられました。
つまり、体内時計とずれた時間に寝ると、睡眠時間が短くなり、質も落ちるということです。
地上でも、夜勤や不規則な勤務で就寝時間が体内時計とずれると、同じことが起こるとわかっています。
睡眠薬を使う人は多いものの、睡眠不足の改善はなかなか進まない
眠りにくい環境で、睡眠薬を使う宇宙飛行士も多いようです。
宇宙飛行士の7割以上が睡眠薬を使っている
笹原先生宇宙飛行士が眠るための対策として、まず使われてきたのが睡眠薬です。
NASAとしては、寝ないで働くよりきちんと眠ったほうがいいという方針があります。ですから睡眠薬の使用は、一律に禁止されていません。
宇宙に持っていける限られた荷物に睡眠薬を入れていく人は、結構多いといいます。実際、報告されている睡眠薬の使用率はかなりの高さです。
| 対象 | 睡眠薬を使った人の割合 |
|---|---|
| スペースシャトルの宇宙飛行士 | 78% |
| 国際宇宙ステーション滞在者 | 75% |
参考:Barger LK, et al. Lancet Neurol. 2014
睡眠薬だけでは、睡眠不足の改善には至らない
笹原先生これだけ睡眠薬が使われていても、睡眠不足の根本的な改善には至りません。
薬は寝つきを助けてくれますが、体内時計のずれという根本の部分までは届きにくいと考えられます。そこで進められているのが、薬に頼らない対策です。
| 対策 | 内容 |
|---|---|
| 飛行前の光の調整 | 打ち上げ前から光の当たり方を調整し、体内時計を飛行中のスケジュールに合わせておく |
| 色温度を変えられる船内照明 | 時間帯に合わせて光の色と明るさを変え、朝は目覚めを、夜は寝つきを促す |
| スケジュールの設計 | 就寝時間を急に大きく前倒しするような勤務を避けて計画する |
笹原先生スケジュールや照明などを見直すことで、睡眠薬の使用を減らせる可能性があります。なお、どの対策も効果を確かめるデータはまだ限られています。

通常は8時間労働。ただし緊急作業は睡眠より優先
笹原先生睡眠時間が削られる背景には、宇宙ならではの働き方もあります。
宇宙飛行士のワークスケジュールは8時間労働で、非常にホワイトです。常に交代で働き続けるようなシフトワークではなく、起床と就寝の時間も含めて基本的には規則正しいライフスタイルに計画されます。
船内は安全に暮らせる設計になっていますが、小さな物体が衝突したり、太陽光パネルが故障したりすると、早めに修理しないと危険です。予期せぬことが起こった場合、作業に最適な時間帯が決まると、それが最優先になります。
それが本来眠る時間であっても、作業スケジュールが優先されるので、睡眠を後回しにせざるを得ないのです。こうした事情が重なると、睡眠時間はどうしても削られやすくなってしまいます。

睡眠不足のままでは、作業も健康も危うくなる
笹原先生宇宙で睡眠時間を確保することは、安全と健康に直接関わります。
睡眠不足の短期的な影響としては、作業の精度が落ちること、記憶や注意を保つ力が下がること、眠気の波によるミスが増えることが挙げられます。過去には、睡眠不足が関係したとみられる作業中の失敗や事故も報告されています。
長期的には、血糖の調節が悪くなること、心血管の病気やがんのリスクが上がること、ストレスホルモンが上がって抑うつや不安につながることが指摘されています。うつ病などを予防するには、ストレスのケアだけでなく睡眠がとても大事です。
眠れていなければ、あらゆる健康が保ちにくくなります。宇宙でいかにしっかり睡眠をとって回復するかは、とても重要な課題です。

まとめ:宇宙飛行士の睡眠にも、地上と共通する部分がある
健康管理を徹底し、厳しい選考を経て選ばれた宇宙飛行士でも、睡眠不足とは無縁ではありませんでした。
飛行中に眠れていた時間は平均6時間前後。訓練が続く飛行前からすでに削られています。
体内時計とずれた時間帯に寝ると睡眠時間が短くなるという傾向は、地上で暮らす場合にも当てはまります。地球の周期に合わせやすいぶん、私たちには工夫の余地がありそうです。
就寝と起床の時刻をできるだけ一定に保ち、朝は日光を浴び、夕方以降は照明を落とした環境で過ごす。まずは生活習慣や光の工夫で、ぐっすり眠れる毎日をめざしましょう。
次回は、国際宇宙ステーションでの眠り方をお届けします。
無重力の船内に、寝る場所はあるのでしょうか。窓の外で何度も日の出が訪れる環境で、夜はどうやってつくるのか、気になるポイントを伺いました。
この記事でわかったこと
- 飛行中の睡眠は平均6時間前後で、地上帰還後より1時間近く短い
- 体内時計とずれた時間に寝ると、睡眠時間が5.4時間まで短くなる
- 睡眠薬の使用率は7割以上に上るが、睡眠不足そのものは改善しきれていない
- 通常は8時間労働でも、緊急作業が発生すると睡眠より作業が優先される
- 睡眠不足は作業の精度や注意力を低下させ、長期的な健康リスクにもつながる

