国際宇宙ステーションは、数名が半年ほどを一緒に過ごす閉鎖環境です。
寝る場所はカプセルホテルのような近さで、隣の人と離れたくなっても、出ていける場所がありません。
少ない人数で閉鎖された空間に長くいると、人間関係と睡眠が課題になります。
そこで今回は、長期の閉鎖実験と宇宙飛行士の健康管理を研究する筑波大学の笹原信一朗先生に、閉鎖環境での人間関係と睡眠の関わりを伺いました。
この記事でわかること
- 宇宙で長期間暮らすことで、人間関係にどんな問題が起こるのか
- 240日間の閉鎖実験で、人間関係がどう変化していったのか
- 宇宙飛行士の睡眠時間が短くなる理由と、睡眠不足の影響
- 宇宙での健康管理から、地上の暮らしに生かせるヒント
閉鎖環境では、人間関係が最大の課題になる
宇宙滞在は、1〜2週間の短期出張から、半年から1年単位の長期滞在へと変わってきました。
さらに未来は、月に基地をつくり、そこから火星を目指す計画もあります。
滞在が長くなるほど、テクノロジーとは別の問題が大きくなっていくといいます。
宇宙に住む未来が現実的になっている?
笹原先生かつての宇宙飛行は、スペースシャトルで行って帰ってくる短期出張のようなものでした。
それが今では、半年から1年単位で国際宇宙ステーションに滞在する、いわば「長期出張」のようなものに変わっています。
さらに将来は、月に基地をつくって、そこから火星を目指す計画が進んでいる。そのうち、行って帰ってくるのではなく、本当にそこが生活の場所になる人が出てくると思います。
逃げ場がない閉鎖空間では、人間関係が大きな課題に
笹原先生地上の人間関係には、逃げ場があります。
職場の人間関係は選べない部分があっても、友人は自分で選べる。家族との関係も、一人暮らしを選んで抜けることができる。
しかし宇宙に行くと、決められた場所しかなく、逃げたいと思っても物理的に逃げられません。
つまり、宇宙では「究極の閉鎖空間」で暮らすことになるわけです。
そこで問題になるのが、人間関係の悪化です。どんな人にも、気の合う人と合わない人がいます。
閉鎖空間に閉じ込められると、人間関係が深刻な問題として浮上してくるのです。
宇宙飛行士の選抜で見られる「適応力」
笹原先生宇宙飛行士の選抜では、小さな部屋に閉じ込められてどんな反応を見せるかを調べる閉鎖実験が行われます。
漫画やアニメの『宇宙兄弟』を見たことがある方には、イメージしやすいかもしれません。
そこで最終的に選ばれていくのは、周りの仲間と協調でき、ストレスにも対処できる、非常に適応力の高い人です。
つまり、宇宙での任務では、体力や技術だけではなく、人間関係も良好に保てる能力も求められるのです。

240日間の閉鎖実験で、関係が変わっていった
月や火星での生活を想定して、地上でも長期の閉鎖実験が行われています。
そのひとつ「SIRIUS-21(シリウス)」では、参加者がモスクワの閉鎖施設で240日間を過ごしました。
参考:How isolated and confined-environment missions shape human interactions: SIRIUS-21
最初は、みんな仲良くやろうとする
笹原先生当初の参加者は6人でしたが、1人が33日目にけがで離脱し、残る5人が240日間を過ごしました。
研究では「誰と一緒にいたいか」「誰とは一緒にいたくないか」を、仕事の時間とプライベートの時間に分けて質問紙で尋ね、そのデータをもとに人間関係を図にしていきました。
実験が始まった直後から喧嘩になることは、ほとんどありません。知らない者同士が集まるので、最初は何とかみんなでやっていこうという気持ちになるようです。
実際、閉鎖環境に入る前は、とくに仕事の場面での結束が高い数値でした。
1〜2か月で、人間関係が悪化し始める
笹原先生変化が見えてきたのは、入室から5〜6週間ほど経ったころです。
毎日が単調になり、相手の細かいところが目につくようになっていきます。
気の合う者同士で小さなグループができたり、ほかのメンバーに対抗する動きが出たりして、人間関係が悪化。その結果、心理学の専門家が介入する事態になりました。
50日目の調査では、仕事の場面での結束が大きく下がっています。その後、対立していた人間関係は少しずつ落ち着いていきました。
ただし、特定の2人のあいだに生まれた「一緒にいたくない」という関係だけは、最後まで解消されなかったのです。実験が終わって13日後の調査でも、その2人はお互いを避けたままでした。
なお、これは5人を対象にした実験ですので、すべての集団が同じ経過をたどるとは限りません。ただ、逃げ場のない環境で長く一緒に過ごすと何が起こるのかを考えるうえで、参考になる結果だと思います。
会社の異動は、実はよくできた仕組み
笹原先生職場でも、人数が少なく閉鎖的であればあるほど、長く一緒にいるほどいざこざが起こりやすくなると考えています。
そこで意味を持つのが、大企業や役所などにある定期的な異動です。人間関係を固定化しないという点で、結構賢いシステムだと思います。
宇宙飛行士は、地上より眠れていない
逃げ場のない環境で溜まっていくストレスから回復するために欠かせないのが、睡眠です。
ところが宇宙飛行士は、地上にいるときよりも眠れていないことがわかっています。
飛行中、宇宙飛行士の睡眠は6時間前後
笹原先生宇宙飛行士の睡眠時間を計測した研究では、飛行中の睡眠は平均6時間前後で、地上に戻ってからの睡眠より短くなっていました。
短い滞在でも、半年規模の滞在でも同じ傾向です。基本的には、地上に比べて眠れないという人が多いというデータがあります。
睡眠不足は、宇宙開発の歴史を通じて一貫して報告されてきた問題です。長期出張になっても改善されていないので、時差ボケだけが原因ではないと考えられます。
90分で地球を一周するので外の明暗が何度も入れ替わること、重力がほとんどないこと、機械の音や狭い空間、そして眠る時間より優先される急な作業。
眠りにくさの理由は、いくつも重なっています。そして閉鎖環境では、この睡眠不足が人間関係にも関わってくるのです。

睡眠は、心と身体の健康を保つための土台
笹原先生うつ病をはじめとする精神疾患を予防するにあたっては、ストレスのケアだけでなく、睡眠がとても大事です。
私たちの専門は産業精神医学で、職場で精神疾患を発生させない予防や、病気になった人の職場復帰を研究してきました。
その考え方が、閉鎖環境で働く人にも応用できます。
眠れていなければ、あらゆる健康が保ちにくくなります。だからこそ、宇宙でいかにしっかり睡眠をとって回復していくかが、とても重要な課題になるのです。
睡眠不足と人間関係は、つながっている
笹原先生閉鎖実験では、人間関係だけでなく、健康状態を調べる検査も含めて調査を進めています。
すべてのデータを紐づける段階には至っていませんが、体調・ストレス状態と人間関係の悪化は、互いに関連すると考えています。睡眠不足のときに周囲への不満が増えるのは、地上でも覚えのある感覚だと思います。
宇宙飛行士は、不調を言い出しにくい
笹原先生ここで悩ましいのは、宇宙飛行士は何か異常が生じても、地上の管制官にはあまり報告しない傾向があるということです。
なぜかというと、厳しい選抜と訓練を経てやっと任務に就いたのに、問題を報告すれば、地上に戻されてしまう可能性があるからです。
これは、地上で働く人が「まだ頑張れる」「休むと迷惑がかかる」と考えて不調を隠す状況とも重なるように思います。

月や火星では、1日の感覚そのものが変わる
笹原先生国際宇宙ステーションは、地球のすぐ近くを回っています。
ですから中の環境を地上に近づけて、地球と同じ24時間で暮らせばいいわけです。自分では昼だと思っていても、窓の外は90分に1回入れ替わりますから、外を見ていると混乱してしまいます。
おそらく管制官がコントロール室で管理しているので、管制官の時間に合わせているのではないかと思います。そこは今度聞いてみたいところですね。
将来は月に基地をつくって、ある程度の人がそこに定住して、そこから火星に行く。ムーン・トゥ・マーズという計画があります。
ただ、月に行くと外に24時間の目印がないんです。月の昼と夜は、地球の約1か月をかけて入れ替わります。明るい時期も暗い時期も何日も続くので、外の光を頼りにできません。
火星はもっと厄介で、1日の長さそのものが違います。火星の1日は「ソル」と呼ばれて、約24.65時間。地球と同じ24時間で暮らすと、外の昼夜と毎日40分ほどずれていきます。火星に合わせるなら、身体を24.65時間の1日に慣らしていくしかありません。
人間の体内時計は、何も手がかりがないと25時間くらいの周期になって、毎日1時間ずつずれていきます。深宇宙のような環境に長く身を置くと、体内時計が24時間のサイクルから切り離され、独自の周期で動き出す「フリーラン」という状態になってしまうのです。
深宇宙の探査に向けては、そこに特化した睡眠対策の開発が求められています。
宇宙の研究者がもっと身近な存在になる未来へ
笹原先生宇宙における健康の研究は、非常に興味深い分野です。
興味が出た方は、ぜひいろいろ調べてみていただければと思います。そして実際に研究者を目指していただけると、私たちとしても大変うれしく思います。

まとめ:宇宙の睡眠の話は、意外なほど身近だった
今回わかったのは、宇宙における課題として、逃げ場のない閉鎖空間での人間関係があるということでした。
長い閉鎖生活の途中からは、関係がこじれてしまうこともあります。そして睡眠不足は、その悪化にも関わってくると考えられています。
これは宇宙だけの話ではないのかもしれません。
今回の取材を通して、壮大に見えた宇宙の睡眠研究は、私たちの毎日につながっているように思いました。職場や家庭にも、離れられるはずで離れにくい関係はあります。
人間関係を固定しすぎないこと、眠って回復する時間を守ること、不調を定期的に確かめる仕組みをもつこと。宇宙飛行士の睡眠の話から学びを得て、改めて日々の暮らしを大切にしていきましょう。
この記事でわかったこと
- 逃げ場のない宇宙では、人間関係の悪化が大きな課題になる
- 閉鎖実験では、5〜6週間ほどで対立が生まれ、その後も残る関係があった
- 宇宙飛行士の睡眠は平均6時間前後で、環境や仕事など複数の要因で眠りにくい
- 睡眠不足は健康だけでなく、ストレスや人間関係にも影響する可能性がある

